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靖康の変と靖難の役の違いと覚え方!

どうも!ケイトです!

世界史の用語って分かりづらい言葉のオンパレードですよね。

今回は靖康の変と靖難の役です。区別つきますか?私も受験生時代、よくこんがらがりました。

ということで今回はそれぞれの解説と覚え方をお伝えしていきます!

靖康の変

靖康の変は、北宋の時代に起こった出来事でしたね。

遼を滅ぼした金が、北宋の都である開封を占領。

宋の上皇、徽宗と皇帝の欽宗などを捕らえ、拉致していったというものでした。

靖康というのは当時の年号で、今の「令和」みたいなものです。

変というのは、仕掛けた側が勝った時に使う字です。今回は金が勝ったも等しいので、靖康の乱ではなく、靖康の「変」ですね。

靖難の役

靖難の役は明の時代に起こった出来事でしたね。

初代の皇帝である洪武帝が没すると、次の皇帝を決めなければなりませんが、長男はこの前に亡くなってしまいました。

そこで皇帝になったのが、その長男の息子です。彼は建文帝になります。

洪武帝からしたら孫にあたりますね。しかし、ここで反発する人達がいます。

洪武帝の息子達です。建文帝からしたら叔父さん達。

その叔父さんたちの中でも、闘志が素晴らしかったのが、末っ子である人物でした。

彼は4人兄弟の末っ子で、皇帝になれる確率って低いんですよね。

建文帝は、皇帝の権威を高めようと、有力者の排除を行います。

叔父さん2人も排除され、いよいよその末っ子がキレます。

叔父と甥の戦いとなります。この戦争は終わるまでに4年間もかかります。

激闘の末、都である南京が陥落し、建文帝が敗れて自殺します。

勝った叔父さんは「永楽帝」となりました。

彼は戦いの時に、

「君側の奸を除き、帝室の難を靖んずる」、(建文帝の側近の奸臣をとり除き朝廷の危機を乗り切る)

ということを掲げたので、「靖難」という文字が使われています。役は戦争という意味で、仕掛けた側が勝ったので、「靖難の変」とも呼ばれます。

覚え方

靖康の変と靖難の役。違いや名称の成り立ちについて分かりましたね。

成り立ちを思い出せば、こんがらがることもなくなります。ただ、思い出すきっかけはあればあるほどいいので、最後にダメ押しで、こじつけを紹介しますね。

せいこうのへん→こうと宋(そう)

(どっちも「う」で終わる)

せいなんのえき→せいなんと明(みん)

(どっちも「ん」で終わる)

まとめ

いかがでしたか?

それぞれの解説と覚え方をお伝えしました。これでこんがらがることがなくなりますね。

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今回も最後まで読んで下さりありがとうございました。それでは!

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