みなさんこんにちは。ケイトです。
今回はササン朝について詳しく解説していきます!
パルティアに関してはこちらから↓
Contents
ササン朝
パルティアを倒して建国したというお話を前回しましたね。
アルダシール1世はパルティアと同じくクテシフォンに都を置き、イラン人の伝統を大切にしたいということでゾロアスター教を国教にして、国の安定を図りました。
ちなみに場所は今のイランのあたりで、農耕を中心とした生活を送ります。(パルティアは遊牧)
シャープール1世
2代目のシャープール1世は、ローマ帝国との抗争で有名です。
ローマは軍人皇帝時代。その大混乱な時期に、シャープールはシリアに侵入し、ローマ軍を破ります。狙い時だったんでしょうね。
エデッサの戦いで、勝ったシャープールはローマの皇帝、ウァレリアヌスを捕虜にします。
軍人皇帝時代の皇帝は大体は殺害されていて、殺されずに帝位を降りた人はすごく少数。捕虜になったため、彼はその1人でした。
また、東では、インダス川の西岸あたりまで領土を広げました。
ホスロー1世
ササン朝の全盛期に帝位にいたのが、ホスロー1世です。
西では、ビザンツ帝国のユスティニアヌスと戦い、有利な和平条約を結び、東では、アジアの遊牧民、エフタルをトルコ系の遊牧民、突厥(とっけつ)と協力して滅ぼしました。
ササン朝はエフタルの侵攻に悩んでいたので、協力してもらって挟み撃ちにしたわけですね。
滅亡
ホスロー1世の死後は低迷してしまいます。最後はイスラームの正統カリフ時代のジハードによって、征服され滅びました。
文化
ゾロアスター教を国教にしたというお話をしましたね。実はキリスト教でいう聖書のようなものである、教典がササン朝に作られます。それが、「アヴェスター」。
ゾロアスター教とアヴェスターはぜひセットで覚えておいてください。また、新しい宗教もできます。ゾロアスター教、仏教、キリスト教が融合されたマニ教です。
ササン朝では厳しく弾圧されたのですが、北アフリカ、中央アジアに広まりました。教父で、「神の国」を書いたアウグスティヌスが、影響を受けたことでも有名ですね。
さらにさらに、ササン朝のお話で欠かせないのが芸術ですね。銀器、ガラス器、毛織物、彩釉陶器の技術が高く、時代を経て日本にも伝わります。法隆寺にある獅子狩文錦、正倉院にある漆胡瓶が有名です。
イスラームの時代や、地中海世界にも伝わったササン朝の芸術は世界に大きな影響を及ぼしたのです。
語呂合わせタイム
3人の皇帝の覚え方を紹介します!
シャープール1世 (プール)
ホスロー1世 (ホース)
まとめ
いかがでしたか?
ササン朝について説明しました。
アレクサンドロスの時代あたりから順に説明できるようにしておいて下さいね。
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それではまた会いましょう!
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