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中華民国と中華人民共和国の違いとは?プロレタリア文化大革命も解説!

 

どうも!ケイトです。

今回は、第二次世界大戦後の中国のお話をしていきます。中華民国と中華人民共和国の違いやソ連との関係などを解説します!

 

それでは、いきましょう!

 

中華民国=台湾

第二次世界大戦後、中国は国連の五大国の一員となり、確固たる地位を手に入れました。しかし、国内では、国民党と共産党のいがみ合いが再開していました。

 

この2つの政党の争いを知るにはこちらの記事から↓

第一次国共合作と第二次国共合作の違いは?分かりやすく!

蔣介石率いる国民党政権でしたが、党幹部の買収、収賄などの腐敗、インフレが起こったことによる経済混乱で、国民から大ブーイングを浴びます。

 

一方共産党は、農民達の支持を得て、着々と人気を集めていました。そして、十分に人気が集まった頃、国民党に攻撃します。

 

人気のない国民党は共産党に負け続け、ついにはリーダーの蔣介石が台湾に逃げます。

 

蒋介石そこでつくった政権が中華民国政府であり、現在の台湾なんです。

 

 

中華人民共和国

成立

 

一方、共産党は北京に支持者を集め、会議を開いていました。会議の結果、共産党のトップである主席が毛沢東、政治のトップである首相が周恩来に決まります。

 

そして、中華人民共和国の成立を宣言し、首都を北京にしました。その後、国民党を追い出し、追い出された彼らは台湾へ逃げます。

 

また、ロシアとの関係にも触れておきましょう。

 

大国であるロシアを味方につけたい中国は、中ソ友好同盟相互援助条約を調印し、社会主義国家として国を存続させていくことを表明します。

 

そのため、社会主義国家特有の五カ年計画が行われ、工業化や農業の集団化が国主導でなされます。

 

この中国の成立は、他の国からはどう映ったのでしょうか。

 

まず、社会主義国家、またインドやイギリスからは承認を受けました。しかし、社会主義国家が大嫌いなアメリカは新しい中国を国として認めず、台湾にある中華民国を中国として認めました。

 

 

 

毛沢東大暴れ

 

社会国家化として、工業化や農業の集団化を進めていた中国でしたが、これに対して猛烈な批判が起こります。

 

毛沢東はそれにブチ切れてヤケになり、それまでよりも急激に物事を進めていくようになりました。この、急激に進めた社会主義政策を「大躍進」運動といいます。

 

結果、農村では、農民を管理dする人民公社が設立されました。

 

しかし、無理してことを進めたが故に、人民がそっちにとられ農業生産が激減してしまい、大量の餓死者がでてしまいます。

 

毛沢東は首席をおり、代わりに劉少奇という人物が首席となって、経済計画を見直しました。

 

中ソ対立

 

毛沢東はなんとか共産党の主席には残ることができました。

 

 

毛沢東は資本主義国であるアメリカと対決する姿勢を見せ、さらには資本主義国と協力する姿勢(平和共存路線)をとるソ連を大批判します。

 

これまで協力してきたソ連は「カチン」と来るわけです。確かにこれはむかつきますよね。

 

「もう協力してやんないからな。知らないぞ。」

 

ってことで、ソ連は中国への経済援助を停止、さらには技術者グループを撤退させました。

 

こうして中国とソ連は対立するようになり、「中ソ対立」と呼ばれるようになります。論争から軍事衝突まで、とことん対立しました。

 

プロレタリア文化大革命

 

ソ連にケンカを売った毛沢東、さらには共産党内部、つまり身内同士でもケンカを売り、対立を引き起こします。(なんてヤツだ)

 

共産党の中には、生粋の共産派(毛沢東、リンビョウ)と資本主義の方が国が上手く回るんじゃね?派(劉少奇、鄧小平)がいました。

 

毛沢東は、資本主義派を強く非難します。「おまえらなんか仲間じゃない」と。

 

そして、我慢がきかなくなった毛沢東は、強硬手段に出ます。なんと、革命運動を起こして、自分に逆らう奴ら全員批判、追放してしまったのです。

 

これがプロレタリア文化大革命という出来事ですね。結果、国家主席だった劉少奇は失脚してしまいました。

 

 

その後、軍部のリーダーだったリンビョウ(うまく漢字に変換できないのでカタカナで、、、)が失脚、周恩来、毛沢東が死亡します。

 

これを受けて、新しくなった華国鋒(かこくほう)首相は、毛沢東の奥さんである、江青(こうせい)を含む、文化大革命推進差を逮捕し、そこで革命運動は終わりを告げました。

 

文化大革命で、社会はものすごく混乱しました。知識人とかみんな追い出されちゃいましたからね。しかし、その後、鄧小平(とうしょうへい)が経済を立て直す政策を積極にたてていきます。

 

これは「四つの現代化」と言われ、農業、工業、科学、国防などを改革していきました。

 

まとめ

 

いかがでしたか?中国の現代史も結構面白いですよね。

 

しっかり復習して、得点につなげていきましょう。私がつくった世界史勉強大全もぜひゲットして下さいね。それでは!

 

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