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【ここで差がつく!】大空位時代を分かりやすく!混乱期の神聖ローマ帝国を解説!

みなさんこんにちは。ケイトです。

 

今回は神聖ローマ帝国が分裂しそうになってやばかったというお話をしていきます。キーワードは「大空位時代」です。

 

それではいきましょう!

不安定な神聖ローマ帝国

神聖ローマ帝国は、貴族や自由都市のそれぞれの力が強く、まとまりにくい国でした。

 

自由都市とは、皇帝から特許状を得て、自治権を持ち、貴族と同じ地位にあった都市のことです。簡単に言えば、独立している都市です。

 

特にドイツでは、農奴が荘園から自由都市に逃げ込み、1年と1日追い出されずに住めばどれだけ前のボスが農場に帰ってこいと要求しても、自由になれたそうです。

 

この制度から「都市の空気は人を自由にする」と言われていました。

 

話を戻しますね。

 

しかし、もともとまとまりにくい国であったのに、神聖ローマ皇帝はイタリアを支配しようと出かけてばかりいました。しかも上手くいきません。

 

なぜイタリアに対してそんなに執念深いのか、というと神聖ローマ帝国であるのに、国内にローマが無いのが嫌だったからです。

 

 

このイタリア遠征のせいで帝国の不安定な状態はずっと続きました。

 

大空位時代

そうこうしているうちに不安定な状態がピークに達する時期が来ます。

 

皇帝を担ってきたシュタウフェン朝が断絶してしまうのです。

 

しかも跡継ぎが決まっていないため、皇帝は不在になってしまいました。

 

新しい皇帝を決めれば良いんじゃないの?と思うのですが、今みたいに選挙で選ばれた議員が集まる議会があるわけでも、リーダーシップのかたまりみたいなカリスマ的存在がいたわけでもありませんでした。

 

しかも、混乱している状態ではそうもいきません。

 

この皇帝不在の大混乱の時期を大空位時代といいます。

 

大空位時代はしばらく続き、その後ようやく皇帝が決まります。でも国を治めようとしてもどうも上手くいきません。

 

ここで「また混乱期に入ったらマズい!」と思い、行動した皇帝がいます。

 

それがカール4世という人物です。

 

彼は、「皇帝がいなくなっても、すぐにリーダー決めをできるようにしよう」と、「金印勅書」という、皇帝選挙の手引きのようなものを発布しました。

 

具体的にいえば、七選帝侯という3人の聖職者と4人の諸侯から構成された人々が皇帝選挙権を持ち、彼らが皇帝を決めますよ、というものです。

 

これによって皇帝くらいはすぐに決められるようになりました。

 

バラバラな神聖ローマ帝国

しかし、その後もまとまらない時代は続きます。

 

領邦それぞれにリーダーが現れ、力を持ち始めるのです。領邦というのは大諸侯の領地のことです。

 

 

彼ら自身の身分制の議会を開いたり、絶対王政みたいな社会構造になっていく領邦も現れ、国はバラバラになっていきました。

 

 

領邦は全部で何個ぐらいあったかというと、なんと300!

 

一方で皇帝はハプスブルク家という有力貴族から出るようになり、統一に努めましたが、うまくはいきませんでした。

 

東方植民

東方植民

ここで東方植民のお話もしておきましょう。

 

神聖ローマ帝国の東の方にエルベ川という川が流れており、それより東にかつてはスラヴ人やマジャール人がいました。

【説明できる?】ノルマン人、スラヴ人の違い!

 

しかし彼らは移動したり、打倒されたりなどして、いなくなってしまったので、神聖ローマ帝国の国民(ドイツ人)はそこに移住し始めたのです。

 

これを東方植民と言います。

 

移住した地域はブランデンブルク辺境伯領、ドイツ騎士団領などそれぞれ力を持って独立し始めます。さらに、この辺の地域は穀物の生産で栄え始めるのです。

 

スイス

ついでのついでににスイスのお話もしておきます。神聖ローマ帝国内には、今のスイスも含まれていました。

 

しかし、スイス地方の農民はハプスブルク家の支配に反抗して、一致団結!それが今のスイスの母体になっています。

 

その後、独立のための戦いを繰り広げることになります。

まとめ

いかがでしたか?神聖ローマ帝国の不安定さについてのお話でした。

周りの国がまとまっていく中で、不安定な状態な続くというイメージを押さえておいて下さい!

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それではまた会いましょう!

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