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三十年戦争を分かりやすく解説!

どうも!ケイトです!

 

有名な戦争ってよく試験に出るけれど、なんだかんだでよく分かってない!ってことありますよね。

 

戦争は、原因、経過、講和、その後をしっかり押さえておくことが大事です。

 

ということで今回は、三十年戦争について分かりやすく解説していきます!

 

三十年戦争とはそもそも?

三十年戦争とは、1618年に起こった宗教戦争です。

 

宗教対立が多くの国を巻き込み、大規模な国際戦争になったため、17世紀の危機ともいわれます。戦争の原因から見ていきます。

原因

当時神聖ローマ帝国では、プロテスタントとの対立があったことは知っていますね。ただ、原因はそれだけではありません。

 

神聖ローマ帝国がオーストリアからベーメン(今でいうチェコ)を譲られると、教皇はカトリック信仰を強制するのです。

 

割と自由な学校だったのに、学校の校長が変わって、めっちゃ校則厳しくなったらムカつくでしょ?

 

そんな感じ

 

そうしてプロテスタントであるベーメンの人々は、カトリック強制にブチ切れて、ベーメンの反乱を起こします。

 

これだけなら国内戦争ですが、ここから事が大きくなっていきます。

 

プロテスタント側に、オランダ、デンマーク、スウェーデン、フランス

 

カトリック側には、スペイン、オーストリアがつくのです。

 

では、なぜそのような国々が味方についたのかみていきます。

プロテスタント陣営

オランダ、デンマーク、スウェーデン

 

この3カ国は、カトリック反対!というプロテスタント国ということで、ベーメン側につきました。

 

フランス

よく勉強している人であれば、ここで「あれ?」と思うはずです。

 

そう!フランスはカトリックの国なんですよね。よく勉強しています。

 

ではなぜプロテスタント側についているのか。

 

それはハプスブルク家が絡んでいるからです。

 

ドイツやスペインを動かしているのは、ハプスブルク家という名家であり、その二国に挟まれているフランスは、彼らのことが大嫌いだったんです。

 

ですから、フランスはカトリック国という立場でありながら、プロテスタント陣営に入るわけです。

 

 

 

カトリック陣営:スペイン、オーストリア

先ほども少しお伝えしましたが、ハプスブルク家だからですね。

3つの対立軸

 

この戦争の対立軸は3つです。

 

1、新教vs旧教

 

プロテスタントvsカトリックですね。この構図は分かりやすいと思います。

 

2、神聖ローマ帝国vs領邦

 

神聖ローマ帝国の皇帝は実力不足であり、支配力が弱かったのが現状でした。帝国の中にある領邦という都市では、その都市を牛耳る優秀なリーダーがおり、帝国に不満を感じていました。

 

担任の先生がヘナヘナ野郎で、ガキ大将が何人もいる感じです。

 

領邦のリーダー達は、領邦ごとに独立できたらいいなと思っていたのです。

 

3、ブルボン家vsハプスブルク家

 

敵対しているフランスとスペイン、オーストリアがこの戦争を口実にぶつかりました。

 

 

経過

試験でよく出てくる人物が2名いますので、経過とともに紹介していきます。

ヴァレンシュタイン

 

ヴァレンシュタインは、神聖ローマ帝国の傭兵隊長です。傭兵というのは、雇われ兵士のことですね。

 

彼の大活躍のお陰で、皇帝軍が優勢になりました。

 

グスタフ=アドルフ

 

グスタフ=アドルフはスウェーデンの王様で「この戦争に勝って、バルト海を制覇できたらいいな」という理由で、参戦してきました。

 

 

彼は凄腕で、軍を勝利に導きましたが、自身は戦死しました。

 

講和

三十年戦争は実は40年ほど続きました。30年の時点で講和が成立するのですが、それから10年戦い続けるのです。

 

勝敗

それでは、そんなドロドロな戦争の結末を見ていきましょう。

 

この戦争がなぜこんなにも長く続いたかというと、国際戦争に発展したということもありますが、多くの国は傭兵の軍であったことなんです。

 

国民が団結してできた軍だと、「おいらならこの国のために死ねる」という愛国心を持っていたりするので、本気で戦う兵が多いですが、

 

傭兵は雇われ兵なので、生活がかかっています。そのため、生きていれば戦争後に生活できますが、死んだら意味ないので本気で戦えないわけですね。

 

 

 

本気で戦わない軍同士がぶつかったら、ダラダラと長く続いていくわけですね。

 

ウェストファリア条約

 

一進一退の攻防が続きましたが、実質的に勝利したのは、プロテスタント側でした。

 

もめにもめたあとで国際会議が開かれ、結ばれた講和条約がウェストファリア条約です。この条約の内容を簡単に説明すると、

 

1、カトリックもプロテスタントも信仰してオッケー

2、ドイツ内で分裂した領邦はそれぞれ自治権をもつ

(これによってドイツという国が消滅したため、この条約は「神聖ローマ帝国の死亡証明書」とも呼ばれます。)

3、ドイツのアルザス地方をフランスへ

4、北ドイツのポンメルンをスウェーデンへ

5、オランダとスイスの独立

1、カトリックもプロテスタントも信仰してオッケー

 

宗教の押しつけが戦争の原因となったので、カトリックでもプロテスタントでもどっちでも信仰しなさい、というのが取り決められました。

 

自分の考えを押しつけるなということですよね。

 

目玉焼きがあったら、醤油でもケチャップでも好きなの掛けろ、でも人の目玉焼きに勝手に醤油を掛けるなってことです。

 

2、ドイツ内で分裂した領邦はそれぞれ自治権をもつ

 

このウェストファリア条約で、「ドイツ」という国は消滅します。その代わりに、都市自体が国のような存在になるのです。

 

日本だったら、東京は東京、大阪は大阪で一つの国になったわけです。また、ドイツでの東京のような存在がオーストリア、大阪のような存在がプロイセンとなっていきます。

 

 

3、ドイツのアルザス地方をフランスへ 4、北ドイツのポンメルンをスウェーデンへ

 

バラバラになったドイツの一部は、フランスやスウェーデンに吸収されていきます。ドイツのアルザス地方は、今後とったりとられたりしていく地域です。

 

EUの設立にも関わっていく地域なので、今後世界史を学んでいく時に頭の片隅に入れておきましょう。

 

5、オランダとスイスの独立

 

オランダ独立戦争が終結し、ようやくオランダが独立します。スイスも独立し、フランス革命後は永世中立国となりますね。

 

この戦争のポイント・影響

 

この戦争の最大のポイントは、ほとんどの国が主権国家になったことです。ヨーロッパでは主権国家体制が確立されました。

 

主権国家とは、行政機関と常備軍をもち、中央集権的に支配する国のこと。

 

各国間が国際関係を結ぶことになり、それに伴って、関係を規律する国際法が制定されました。

 

立命館大学の国際関係学部では、こういう国際関係を学びます。ウェストファリア条約は超絶有名な講和条約です。

【世界史8章】近世ヨーロッパ世界の形成まとめ!大航海時代~三十年戦争

まとめ

いかがでしたか?

 

三十年戦争についてわかりやすく解説しました。ごちゃごちゃしてた情報も整理すれば結構単純だったりしますね。

ここでお知らせ。

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試験でたくさん点を取ってください!それでは!

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