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【瞬殺】オスマン帝国皇帝の覚え方!

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みなさんこんにちは。ケイトです。

 

オスマン帝国の皇帝の名前は頭に入っていますか?人数が多くなるとどうしても覚えづらいですよね。

 

ということで今回はオスマン帝国の解説と、皇帝の覚え方を紹介していきます!!

 

オスマン帝国

13世紀の末。ビザンツ帝国にちょいちょいちょっかいを出していたトルコ人がオスマン帝国の前身をつくりました。

 

その後、バルカン半島に進出し、アドリアノープルを首都にします。

 

結構強い国がひしめいているのに、すごいですよね。

 

これは、この時期に支配していたセルジューク朝が、モンゴルのちょっかいや十字軍でちょっとずつ弱体化していたからなんです。

【3分】十字軍を分かりやすく解説!覚え方も!

バルカン半島に進出してきたオスマン帝国をみて、キリスト教の人たちはやばいやばいと焦ります。

 

よし、みんなで戦えば怖くない!オスマン帝国を倒そう!

 

となって、フランス、ドイツ、バルカン半島の兵士達にハンガリーの王様、ジキスムントが声をかけます。

 

そして、ニコポリスというオスマン帝国の領内に攻め込むのです。

 

迎え撃つオスマン帝国の皇帝、バヤジッド1世は、集団戦法を用いて、キリスト軍を見事なまでに蹴散らします。

 

この戦いをニコポリスの戦いと言います。

 

キリスト軍は、カトリックとプロテスタントという感情的な対立があったので、団結がなかったと言われています。

 

ビザンツ帝国を滅ぼす

しかし、バヤジッド1世は凄腕のティムールにティムられますね。(アンカラの戦い)

 

ここまでかと思いきや、ティムールは明の方に向かっていったので、命拾いし、国力は次第に回復していきます。

 

次のメフメト2世は、コンスタンティノープルを陥落させ、あの大国、ビザンツ帝国を滅ぼしてしまいます。

 

コンスタンティノープルは、イスタンブールと改称し、そのままオスマン帝国の首都になります。力を強めたオスマン帝国は、サファヴィー朝、マムルーク朝、と次々と倒していきます。

 

マムルーク朝は滅ぼして、エジプトの方も領土にしてしまいます。

 

マムルーク朝には、メッカとメディナという2つの聖都の保護権があったのですが、オスマン帝国はそれを手に入れます。

 

聖都を保護する、つまり、イスラーム世界を保護する、ということで、オスマン帝国のトップは、カリフ政治の後継者として、スンナ派を守護する存在になっていきます。

 

ただ、継承したのは政治的な役割だけで、カリフのような宗教的な権威はありませんでした。

 

オスマン帝国の最盛期は?

オスマン帝国の最盛期はスレイマン1世の時代です。なんか名前から強そうですね。

 

まあその通りです。ざっくり東西南北でみていましょう。

 

東:サファヴィー朝から南イラク

西:ハンガリー征服

南:北アフリカの支配

北:ウィーンを包囲

ウィーンは北西くらいですけどね、まあいっか。東西南北で覚えておくと超楽です。オススメ。

 

勢力を強めるオスマン帝国に対抗するために、西側は手を組んだりして挑んでいきます。

 

スペインとヴィネツィアが手を組んで海の戦いでオスマン帝国に挑みましたが、惨敗しました。この戦いをプレヴェザの海戦といいます。これによってオスマン帝国は地中海を手中に納めます。

 

カピチュレーション!

つぎのセリム2世は、スレイマン1世がやっていた慣習をもう少し正式なものにしました。

 

それがカピチュレーション

 

なんか言いやすいよね。カピチュレーション。音の響きが好きです。(どうでもええ)

 

これは、オスマン帝国にいるフランス商人に、住んでいいよー、物売っていいよーという許可のことです。

 

ガンガン勢力を強めている帝国の割には、外国人は結構自由がきいていたんですね。戦いの方はどうかというと、スペインなどの連合艦隊に敗れます。

 

この戦いをレパントの海戦といいます。

 

しかし、オスマン帝国の力は弱まらず、ヨーロッパの勢力と均衡していました。

 

オスマン帝国の皇帝の覚え方

オスはムラムラ婆やをめとる。セオリー無視のスレンダー

オスマン(オス)

ムラト(ムラムラ)

バヤジッド(婆や)

メフメト(めとる)

セリム(セオリー無視の)

スレイマン(スレンダー)

性欲は誰でもあって、婆やをめとったら、驚くほど細かったというストーリーでした。

 

オスマン帝国皇帝

オスマン1世

13世紀末の小アジアに、セルジューク朝の力が弱まったタイミングで、オスマン帝国を建てた人物です。

 

ビザンツ帝国にじわじわ侵略していきました。

 

ムラト1世

バルカン半島に進出して、アドリアノープルを首都にしました。

 

次のバヤジッド1世は彼の息子です。

 

バヤジッド1世

バルカン半島に進出してきたオスマン帝国をみて、キリスト教の国々はヤバっと焦って、戦いを仕掛けます。

 

それがニコポリスの戦いですね。

 

ニコポリスの戦いにオスマン帝国が勝ったところで、東の方からティムール朝が攻めてきます。

 

バヤジッド1世は迎え撃ちますが、戦いに負けて捕まってしまいました。

 

これがアンカラの戦いです。

 

メフメト2世

アンカラの戦いに負けて、滅びるかと思いきや、ティムールが明に向かって行ったため、オスマン帝国は国力を回復することができました。

 

息を吹き返したオスマン帝国は、ビザンツ帝国に攻め入り、コンスタンティノープルを陥落させます。

 

あの大帝国を滅ぼしたことで、キリスト教国に脅威を知らしめます。

 

セリム1世

セリム1世はマムルーク朝を滅ぼして、エジプトまで領土を広げ、メッカとメディナの保護権をゲットして、イスラーム政治のリーダー的役割を担うことになりました。

 

スレイマン1世

オスマン帝国の最盛期です。

 

支配領土を広げたり、ハンガリーを征服したり、ウィーンを包囲して、攻略を目指しました。

 

プレヴェザの海戦では、スペイン、ヴィネツィアの艦隊を破り、キリスト教国にまたもや衝撃を与えました。

 

オスマン帝国の皇帝の覚え方

オスはムラムラ婆やをめとる。セオリー無視のスレンダー

オスマン(オス)

ムラト(ムラムラ)

バヤジッド(婆や)

メフメト(めとる)

セリム(セオリー無視の)

スレイマン(スレンダー)

 

これでばっちりですね!

 

まとめ

いかがでしたか?

オスマン帝国の皇帝の覚え方を紹介しました!ぜひ、暗記に役立てて下さいね。

また、今だけ無料の世界史勉強法大全もぜひゲットして、偏差値10くらいあげちゃいましょう。

 

それではまたお会いましょう!

 

 

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