坤輿万国全図と皇輿全覧図の違いと覚え方とは?

 

どうも!ケイトです!

 

今回は、「坤輿(こんよ)万国全図と皇輿(こうよ)全覧図の違いが分からん!」「覚え方を教えてくれ!」という悩みを解決していきます。

 

Contents

坤輿万国全図と皇輿全覧図の違い

 

坤輿万国全図→明末期にマテオリッチが作成した世界地図

皇輿全覧図→清の康熙帝の時代にレジスとブーヴェが作成した中国の地図

 

覚え方

 

見て見て待ってよ、紺の世界地図

明(見て見て)

マテオリッチ(待ってよ)

坤輿万国全図(紺の)世界地図

 

高貴なウェーブはこうなのよ

康熙帝(高貴)

ブーヴェ(ウェーブ)

皇輿全覧図(こうなのよ)

 

坤輿万国全図とは?

 

坤輿万国全図は明の末期にマテオリッチが作成し、中国にもたらした世界地図なんです。

 

結構網羅されていて中国語で書かれたしっかりした地図だったみたいですよ。日本もちゃんと描かれていたとか。

 

坤輿ってどういう意味なのかというと、

 

坤(こん)は「大地」という意味。

そして、輿(よ)は「乗り物」のこと。

 

だから「坤輿」は「乗り物としての大地」ということになり、つまりは「地球」と捉えることができますね。

 

ちなみに、マテオリッチはキリスト教の布教のために中国にやってきたのでした。当時、万暦帝の時代です。

 

また、エウクレイデスの「ユークリッド幾何学」を徐光啓と翻訳して『幾何原本』を出したりもしました。

 

マテオリッチは中国に西洋学術を多く伝えたことで有名です。

 

皇輿全覧図とは?

 

皇輿全覧図は清の康熙帝の時代に、レジスとブーヴェが作った中国地図です。

 

当時、康熙帝はイエズス会の宣教師を技術者として重宝していました。

 

よって、レジスとブーヴェも宣教師です。彼らは中国文化を重んじ、中国文化の発展に貢献しました。

 

ちなみに、ブーヴェを派遣したのはルイ14世です。

 

こういう風に横を確認してから、ルイ14世の時のヨーロッパの歴史を復習すると、横も縦も頭に入りますよ。

 

坤輿万国全図と皇輿全覧図の違い

 

まとめます。

 

坤輿万国全図→明末期にマテオリッチが作成した世界地図

皇輿全覧図→清の康熙帝の時代にレジスとブーヴェが作成した中国の地図

 

もうばっちりですね。

 

まとめ

いかがでしたか?

こんよ万国全図とこうよ全覧図。分かりづらいわ!と叫びたくなりますが、頭に入るまでじっくり復習して、マスターしちゃって下さい。

最後まで読んでいただきありがとうございました!それでは!

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