【仕組まれた太平洋戦争】みんなが信じてる世界史は全部嘘かもしれない

 

日本が真珠湾を奇襲攻撃し、それに怒ったアメリカが中立を破って開戦したと信じられている太平洋戦争。

 

しかし、これは事実ではないかもしれません。

 

どうもケイトです。今回は、大学の授業や文献を読んで学んだ世界史について語っていこうという記事です。この記事では、太平洋戦争、原爆を巡る、アメリカと日本の思惑について書いていきます。

「戦争したい」フランクリン・ローズヴェルト

すべては思惑通り

軍国主義と軍の暴走により、日本派真珠湾を奇襲、侵略戦争を展開、、、、、これらは割とみんなが知っていることでしょう。しかし、これが全てではないかもしれません。

 

 

日本がアメリカと開戦したのは、米のフランクリン・ローズベルト、英のチャーチル、露のスターリン、中国の蒋介石の思惑通りに起こったことでした。

 

歴史学者で政治学者のチャールズ・A・ビアード著『ルーズベルトの責任』、

ルーズベルトの前の大統領で、歴史家でもあるハーバート・フーヴァー著『裏切られた自由』や、

当時合衆国上院議員だったハミルトン・フィッシュ著『ルーズベルトの開戦責任』に、

 

米国参戦、日米開戦の真実が綴られています。。

戦争を正当化するには?

フーヴァーの『裏切られた自由』に書かれていることを紹介していきましょう。

 

・日米戦争は、フランクリン・ローズベルトが日本に向けて仕掛けたものであり、日本の侵略が原因ではない。

・1941年の日米交渉では、フランクリン・ローズベルトは日本側の妥協を受け入れる意図は初めから全くなかった。

・彼は、日本側の誠実な和平の努力をことごとく潰した。

・原爆を投下せずに日本を降伏させることはできた。原爆投下の罪は、アメリカ人の良心の上に重くのしかかっている・・

・日本に原爆を落とすことは、フランクリン・ローズベルトが決めていた(実行はトルーマン大統領)

 

みんながよく知っているニューディール政策。大不況に陥ったアメリカ経済を救うために講じられた策であり、それを実行したフランクリン・ローズベルトはどこか英雄視されている部分があります。

 

しかし、ニューディール政策の効果はそこまで顕著ではありませんでした。ではなにがアメリカを経済大国にしたのか。

 

それは、戦争によって生み出された軍需でした。アメリカ経済が回復していったのです。

 

フランクリン・ローズベルトはニューディール政策ではあまり効果がないことと、戦争をすれば経済が回復するということに気づき、戦争を望みました。

 

しかし、アメリカは昔からヨーロッパと関わりたくない、戦争に巻き込まれたくない国だったため、フランクリン・ローズベルトは選挙公約でも「ヨーロッパの戦争には介入しない」と宣言していました。

 

選挙公約を破って、国民の信頼を失ってまで、戦争しようとは思わなかったようですね。

 

じゃあ、どうするか。

 

戦争するには、誰かに攻撃されればいいのです。平和を語る本でも、反撃するためなら戦争してもよいと書いてあるくらいですからね。

 

自国を守るためであれば戦争を正当化できます。

 

そこで、当時アメリカからしたら印象が悪かった日本に目を付けました。(中国を巡る関係とか、小国のくせにちょっとしゃしゃってる感じとかね。)

 

1941年11月、ルーズベルトは日米交渉で、石油の全面禁輸など、厳しい経済制裁を含む、日本がとても飲めない、無理難題を要求した最後通牒、「ハルノート」を日本に突きつけました。

 

実質、宣戦布告でした。

 

「そんなものを突きつけたら、日本が開戦せざるを得なくなる」と反対した要人たちもいたんですよ。

 

議員だったハミルトン・フィッシュは、アメリカ参戦に反対。しかし、日本が真珠湾を奇襲したことを知り、参戦に賛成しました。

 

しかし彼は後に、フランクリン・ローズベルトの思惑を知ることになります。

彼の著書から引用しておきましょう。

「私は日本に対する最後通牒について、何も知らなかった・・すべての議員や国民と同じく、私も徹頭徹尾、合衆国大統領に欺かれていた」

 

「日本人は、高度の忠誠心、愛国心に満ちた、非常に感受性の強い、誇り高き、かつ、勇敢な民族である。このような民族に「恥ずべき最後通牒ハルノート」を突きつければ、必ず戦争になると、ルーズベルトは確信していた」

 

「今日私は、ルーズベルトが日本に対し、恥ずべき最後通牒を送り、日本の指導者に開戦を強要したことを知っており、自分が行った演説を、生涯の一大ミステイクだったと非常に恥に思っている」

 

「在日米国大使ジョセフ・グルーは、日本がどれだけ米国と平和的関係を保ちたいと望んでいたかを承知しており、首脳会談を強く要請した。日本は、米国との開戦を避けるためならば、何でもする用意があったであろう。しかし、ルーズベルトははすでに対日戦、対独戦を行うことを決意していたというだけの理由で、日本との話し合いを拒否した」

 

「私はルーズベルトを許すことができない。彼はアメリカ国民を欺き、全く不必要な日本との戦争にアメリカを導いた。日本の指導者が開戦の決断をするにことになった最後通牒ハルノートは、ルーズベルトが真珠湾攻撃を「恥ずべき行いの日」と呼んだことにちなみ、「恥ずべき最後通牒」と呼ぶのが適切と思われる」

 

「私はルーズベルトを許すことができない。この大戦は、米国に三十万人の死亡者と七十万人の負傷者、そして五千億ドルの出費を米国にもたらした。日本には軍人、民間人合わせて三百万人以上の死亡者をもたらした。日本の物的、人的、精神的被害は計り知れない。その責任は、ルーズベルトが負っているのだ」・・

 

チャーチル「アメリカが参戦?勝ったな。」

 

アメリカ参戦して、連合国勝確

真珠湾攻撃をきっかけに、アメリカが第二次世界大戦に参加したわけですが、参戦を待ち望んでいたチャーチル、スターリン、蒋介石は大喜びでした。

 

アメリカは世界的にみても、大国。アメリカが味方になってくれれば、勝ちは確定といっても過言ではありませんでした。

 

イギリスの首相チャーチルは、日本の真珠湾攻撃の一報を受け「我々はついに同じ船に乗った!」とルーズベルトに伝え、「これで勝てる!」とばかり、その夜はよく眠れたそうです。これは結構有名な話。

 

他方、日本は「日英」戦争の準備をしていたという話があります。

 

自国の独立を守るため、アジア解放のためが主な理由。

 

日英経済戦争自体は10年ほど前から既に始まっていました。イギリスの経済的弱点はインド。イギリスでつくりすぎたものを無理矢理売りつけて利益にしてましたもんね。

 

イギリスにとってインドは大事で、そこをとられたら経済的にダメージをくらうほどの存在でした。

 

日本海軍は、短期間であればインドとインド洋を抑えられる、と確信していたわけですね。

 

真珠湾攻撃の1時間前、日本軍はマレーシアに上陸し、マレーシアを占領していたイギリス軍を攻撃。

 

イギリスのアジア占領の拠点シンガポールが陥落。短期間であれ、日本が日英戦争の主導権を握りました。

 

日本がアジアを攻撃し、世界中から大批判を浴びた大東亜戦争がありますが、その初陣が日英戦争(マレーシア攻撃)だったんですね。

 

結果的には、日本が占領したことで、植民地だったアジア諸国の独立を促し、インドの解放にも、大いに貢献しました。

 

日本の本来の目的は、植民地の解放だったという説も濃厚です。

 

じゃあ、それで終わっとけばええやん。なんで真珠湾攻撃したん?っていう話ですね。

もうこれ陰謀じゃね?真珠湾攻撃の謎

真珠湾攻撃のシナリオは、山本五十六という人物の案でした。当初は反対派だった山本五十六。なぜ考えが変わったか。

 

ここには、様々な説がありますが、既存のアイディアを山本が借りてきただけという説もあります。

 

言い換えれば、なにかしらの密約を通して、アメリカのつくったシナリオ通りに、山本が日本を動かした可能性があるということです。

 

興味深いですね。

 

この説は、第二次大戦に敗戦後も、日本は国体は維持され、天皇の地位も守られ、天皇は戦争責任すら問われていないという不自然さからきています。

 

気味悪いほど、連合国が日本の歴史や伝統に気を遣ってくれているんですよね。

 

「世界的に平和を重視した」といえばそれまでですが、じゃあ2回も原爆を落として民間人を大量虐殺すんなよっていう。

 

実際、欧州では「日本の天皇が無罪?解せんわ。戦犯め。まじ卍」っていう論調だったそうです。それでもアメリカは天皇には手をつけませんでした。

 

この説を深掘るため、終戦の3年前に遡りましょう。アメリカでは、フランクリン・ローズベルトが作ったOSSという情報機関(今のCIA)で日本研究が徹底的に行われていました。

 

研究の結果、日本敗戦後も「天皇は象徴として残すべし」という結論を出したそうな。

 

ここから、

日本が負確の戦争につっこむこと、

実際に負けること、

その代わりに、天皇は維持して、日本を適度にぶっ壊さないこと、

 

というシナリオが終戦の3年前の時点で出ていたのかもしれない、ともいえるんじゃないかとも言えるわけです。(そう考える研究者は少なくない)

 

ここからは推測というか、妄想ですが

英米中に包囲され、追い詰められた日本に、

米「俺は戦争したいんだ。だからお前をいいように使う。このシナリオ通りにやれ。さもないとぶっころすぞ」

日本の山本「分かりましたから勘弁して下さい」

みたいな密約があったのかもしれません。

(これについては、まだ証拠が見つかってません)

 

当時なにがあったか分かりませんが、結局、山本五十六の計画通り、真珠湾を攻撃しました。フランクリン・ローズベルトは主要な戦艦をハワイに残し、ハワイの司令官には何も教えなかったといいます。

 

さらに日本がちゃんとだした宣戦布告も米国務長官に届かないよう遅延工作されたようです。

 

陰謀論とか好きじゃないけど、これこそ陰謀よね?

原爆、降伏….の裏に隠された真実

 

終戦についても、広島・長崎への原爆投下が日本を降伏させた、というみんなが信じている通説は事実ではない、ということが強く主張されるようになってきています。

 

チャーチルですら「それは違う」っていってたらしい。

 

先ほどのお話で、東南アジアを占領してことで日本は本来の目的を果たしたという話が出ました。

 

1944年7月にサイパン島が陥落した時点で「戦争おーわろっ」と日本は考えていました。まだ戦いたい人達もいましたが、戦争終結への道を模索していたのも事実でした。

 

そこで、まだ日ソ中立条約が有効なのを思いだし、日本はソ連に和平交渉の仲介を依頼しました。しかし、ソ連はお願いを聞いてくれません。

 

ソ連側の事情も説明しましょう。1945年2月のヤルタ会談で、ソ連は、「対日宣戦」を約束してしまっていました。日本と戦うぜと。

 

そして、ソ連は、7月のポツダム会談で、日本から和平仲介依頼があったことを英米に知らせたうえで、戦う気があったためにそれを放置しました。

 

ポツダム会談では、かの有名なポツダム宣言が出され、日本は無条件降伏を求められますよね。学校では、無条件降伏を飲めなかった日本の軍人達が頑なに拒否し、原爆落とされて仕方なく降伏、みたいなシナリオで教えられます。

 

しかし、そうではなかったんです。

 

まだソ連に期待していた健気な日本。無条件降伏を求めるポツダム宣言を、しばし黙殺していました。

 

降伏して負け!よりは、ソ連の仲介によって和解!の方が後味いいですし。

 

しかし、そんな健気?鈍感?な日本は、8月6日に広島に原爆投下、9日にソ連に闘いをふっかけられ、同日、長崎にも原爆が投下されてしまいました。

 

原爆による死亡者は約34万人、ソ連戦での死傷者は10万人、シベリアに抑留され捕虜となった人は60万人とされています。

 

ここで疑問。なぜ連合国軍は和平より、無条件降伏が良かったんでしょう。

 

それは、フランクリン・ローズベルトが無条件降伏にこだわる男だったから。

 

これは、フーヴァー大統領も言及していたようです。

 

「そんな無理なことを言ってるから戦争が長引くんだ!」と。

 

 

ヨーロッパにいる米国の軍事指導者たちは、フランクリン・ローズベルトとは違い無条件降伏に反対していました。

 

じゃあ、無条件降伏になぜこだわったか。ここにも、日本に対するフランクリン・ローズベルトの思惑がありました。

 

歴史には資本主義vs社会(共産)主義の構図はよく出てきますが、まさにこれでした。

 

日本の降伏を遅らせ、原爆を落とし、弱った日本に手を差し伸べて資本主義側に取り込んだ後、ソ連を参戦させてボコボコにし、社会主義を遠ざけるというシナリオだったと。

 

原爆の投下自体は、トルーマン大統領によって遂行されましたが、フランクリン・ローズベルトの画策がこの戦争に大きく関わっていることは分かるかと思います。

フランクリン・ローズベルトという人物

フランクリン・ローズベルトには、下半身に障害があり、「車椅子の大統領」でした。極力国民には知られないよう、上半身をめっちゃ鍛えて、隠していました。

 

現在、アメリカ大統領は最大2期(8年)までしか務めることができませんが、フランクリン・ローズベルトは後にも先にもない4期連続(16年)の長期政権。

 

彼はニューディール政策を行い、第二次世界大戦も指揮をとって勝利を導いた英雄で、今の経済大国アメリカをつくったと語られます。

 

「ルーズベルト神話」がつくられ、批判が許されない風潮すらありました。

 

しかし、フーヴァーは「ルーズベルトは売国奴だ。やる必要のない戦争をやり、世界的に共産主義の進出を許し、アメリカ国内にも広めてしまった」と、強く非難しています。

 

戦後、GHQを率いたマッカーサーも、裁判で「日本は自衛のために戦った。日米が戦うことで、共産主義を強めてしまった」と証言しています。

 

じゃあ、なぜ闘いを強行して、しかも共産主義を強めるようなことをしたのか。

 

それは彼は「隠れ社会主義者」だったため。スターリンを敬愛し、政権につくと直ちに、共産主義国家ソ連を正式承認しました。

 

米国内に跋扈する共産主義者グループ、労働組合、左翼思想家を使って工作を開始し、留学生を装ったソ連スパイを全米の大学に送り込み、米国の最先端技術を盗ませたとされています。

 

1995年に公表されたヴェノナ文書により、ルーズベルト政権のホワイトハウスにソ連のスパイが「349人いた」ことが、明らかになってます。

 

また、1945年2月のヤルタ会談で、死期迫るルーズベルトに代わり実務を仕切った国務省のアルジャー・ヒスは、ソ連のスパイだとして有罪になりました。

 

ヒスは、ソ連に日本の領土を分け与える条件で、ソ連の参戦を実現。国際連合設立についても、事務方トップとして活躍した人物でした

 

日本に対する最後通牒となった「ハルノート」を起草した、ハル国務長官の副官ハリー・ホワイトも、ソ連のスパイだったとされています

 

映画みたいですね。

 

あとがき

 

歴史も人間がつくっていて、美化されていたり、作り話だったりします。

 

教科書に載るような話は、結局欧米目線だったり、立場の強い側が良いように書いたものにすぎないこともあるようです。

批判的な視点で歴史を見てみるのも、勉強が楽しくなるひとつの方法なのかもしれませんね。

 

 

 

 

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