どうも!ケイトです。
今回は、ギリシア人の民主政治についてお話ししていきます。
順番がごっちゃになりやすい部分ですが、イオニア人のポリス、アテネにおいて直接民主政がとられるようになる経緯をしっかり理解すれば、絶対マスターできますよ!
まずは、ドラコンからクレイステネスまでの覚え方を紹介しましょう!
Contents
アテネの指導者達、語呂合わせ!
コラドン!そろそろペイくれ!
1 ドラコン (コラドン)
2 ソロン (そろそろ)
3 ペイシストラトス(ペイ)
4 クレイステネス(くれ)
給料日になっても給料を渡してくれないボスに怒った従業員。ドアをドンっと叩いて、給料を要求しています。
市民の対義語は?
みなさん、市民の対義語ってなにか知ってますか?非市民じゃないですよ。
奴隷です。
ポリスの住民には、自由人である市民と、これに隷属する奴隷からなっていました。
奴隷は人格が認められず、売買の対象となっていました。戦争捕虜や海外から輸入される異民族が主です。奴隷はペットのように、個人所有で、人口の3分の1が奴隷だったと言われています。
割と酷な扱いではなかったそうですが。市民は貴族と平民に分かれていました。
政治に参加するには、戦士として国のために戦うことが条件です。戦士として戦うには、武器や防具が必要になってきますよね。
ですので、当初は高価な武具を身につけることのできる富裕層、つまり貴族が政治を独占していました。しかし、アテネの商工業が発展して、平民の人々も武器を購入して、戦うことができるようになります。
平民が多数参加して密集隊形(ファランクス)を組んでたたかう重装歩兵部隊が、騎馬を利用する貴族にかわって軍隊の主力になるのです。そこで平民はこう思うわけです。
「俺たちも戦ってるんだから政治参加させろ!」と。そうして平民の人々は参政権を求めて身分闘争を挑むようになります。
アテネの民主政
民主政は段階的に出来上がってきます。
ドラコン
まず、ドラコンによって法律が成文化されます。抽象的で恣意的だった法が文章になった訳です。これにより貴族の方の独占がふせげるようになりました。
ソロン
続いてソロンという人物が登場します。
彼は納税額によって市民を4つに分けて、階級ごとに異なる参政権を与えるという財産政治を行いました。
不平等極まりないですが、参政権がなかったときに比べれば大きな進歩ですね。お金さえ持ってれば政治参加できるわけですから。
ペイシストラトス
次にペイシストラトスという人物です。彼は武力でアクロポリスを占拠し、自称独裁者という意味の「僭主」を名乗ります。
中小農民の保護を行なったことで、平民の支持が集まり、独裁することができました。
独裁下であれば、貴族も平民も関係ないので、市民の立場は向上したと言えるでしょう。しかし、ペイシストラトスのあとは悪い僭主が続きます。彼の息子は、ひどい独裁者だったと言われていますね。
クレイステネス
だんだんと完成に近づいていきます。指導者クレイステネスは、独裁に終止符を打つため、陶片追放(オストラキスモス)という制度をはじめます。
陶器のかけらに僭主になりそうな人の名前を書いて、投票し、最も票を集めてしまった人は10年間追放されます。
これによって僭主の登場を防ぎました。
また、血縁ではなく、住んでいる土地ごとに民衆をグループ分けするという大改革を行なったことで、貴族も平民も関係なくなります。平等になってきましたね。
ペリクレス
そしてラストです。将軍ペリクレス。
成年男子市民が全体集会である民会を開き、多数決で国の政策を決定しました。裁判官などの役人もくじ引きで決められます。
戦うことできない、女性や奴隷、また、外国人は参政権を持っていないので注意して下さいね。
このような民主政はアテネ以外のポリスにも広まっていきます。また、大きな特徴は直接民主政です。市民全員が参加するのです。民主政の理想形ですね。
話が逸れますが代議は民主政の落ちぶれた形態です。
立候補するのはお金持ちですし、国民が政治参加するのは投票するときだけです。私は政治参加の方法を考えるときに、国会に参加したりする人を決めるのにくじ引きをするというのが最も平等な制度だと思います。
アテネの指導者達、語呂合わせ!
コラドン!そろそろペイくれ!
1 ドラコン (コラドン)
2 ソロン (そろそろ)
3 ペイシストラトス(ペイ)
4 クレイステネス(くれ)
給料日になっても給料を渡してくれないボスに怒った従業員。ドアをドンっと叩いて、給料を要求しています。
スパルタ
次の話につなげるためにスパルタの話をしておかなければなりません。アテネのライバルとしてドーリア人のポリス、スパルタがあります。
リュクルゴスの制といわれた厳しい教育制度と軍国主義によって、現在「スパルタ教育」の名で知られていますね。
ドーリア人自体は5000人ほどしかいませんでしたが、その数倍いる非ドーリア人を支配します。
ドーリア人は反乱を起こされてもすぐに鎮圧できるように、体をビシバシ鍛えていた訳です。
奴隷身分の農民(ヘイロータイ)が5万人、商工業に従事していた異民族(ペリオイコイ)が2万人いたそうです。
スパルタはギリシア最強の陸軍国でした。
まとめ
いかがでしたか?
今につながる民主政が生まれた経緯を知ることで、現在の政治制度を見直すきっかけにもなりますね。日本の政治は問題だらけかなと私は思いますね。
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それではまた会いましょう!
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