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プガチョフの農民反乱はなぜ起きた?ピョートル1世~エカチェリーナ2世

どうも!ケイトです。

 

今回はロシア編と言うことで、プガチョフの農民反乱を中心に、ピョートル1世からエカチェリーナ2世の間の出来事を解説していきます。

 

ピョートル1世

ピョートル1世は働き者な皇帝です。彼は、東方進出、南下政策、バルト海進出を成し遂げ、見事にロシアの支配力を強めました。

 

また、彼は自分から留学に行き、西欧の発展した技術や軍隊を見て「すげえ!」と感動し、それをロシアに取り入れました。

東方進出

東方進出で押さえておいて欲しいのは、ネルチンスク条約清朝と結んだことです。これはロシアと清の国境を決めた条約です。

 

詳しく言えば、アルグン川とスタノヴォイ山脈を両国の国境にしました。ヨーロッパの国際法に準じた、対等な条約でした。

 

清とロシアはその後通商を開き、貿易をしていました。

 

南下政策

 

南下政策ではオスマン帝国を圧迫して黒海の北部ぼアゾフ海に進出します。南下政策をしたのは彼が初めてです。

 

その後の皇帝はこの政策を引き継いでいくというわけですね。

 

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バルト海進出

 

バルト海は、スウェーデンとロシアの間にある海のことです。ロシアはとにかく西欧への足がかりが欲しかったため、「バルト海支配してえ!」と思っていました。

 

しかし、バルト海はスウェーデンのものでした。

 

 

欲しいものが人の物だったら、、、、?

 

奪っちゃえということで、スウェーデンに戦争をふっかけます。この戦争を北方戦争といいます。スウェーデンの王のカール12世は当時18歳。(若っ)

 

ロシアはポーランドとデンマークも仲間にして、スウェーデンに攻め込んだのです。

 

 

最初はスウェーデン優位だったのですが、ロシアがじわじわ盛り返し、最終的にスウェーデンを破りました。

 

これでバルト海もゲットです。

 

エカチェリーナ2世

ロシアの主要な皇帝として必ず登場するのが、女帝、エカチェリーナ2世です。彼女はピョートル1世の次の皇帝ではありませんが、彼の政策を引き継ぎ、進出を進めたことで有名です。

 

また、啓蒙専制君主としても有名で、これがのちにプガチョフの農民反乱を招きます。

東方進出

 

オホーツク海(北海道の北東の海)まで進出し、日本にラクスマンを北海道の根室に送って日本との通商を求めました。

 

南下政策

 

南方では、ロシア=トルコ戦争戦争でオスマン帝国と戦い、クリミア半島を奪い取ります。

 

また、ポーランド分割にも関わりました。ポーランドをピザのように分け分けしたやつですね。

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啓蒙専制君主

 

エカチェリーナ2世は啓蒙専制君主でした。それはなんぞやというと、絶対王政の下で、「私国民の一人やけど賢いから支配してええんやで!」みたいな君主です。

 

啓蒙思想というのは、それ自体は自然法や社会契約説に基づいていて、人権や平等を中心とした思想です。しかし、啓蒙専制君主は、それを統治に利用し、支配の理念として採用してしまいました。

 

君主も国民の一人ですが、高い見識があるので、それによって国の行く末を一人で決めることができ、国の機関は君主の力を補うだけのものだ!と主張し、さらには、

 

 

国民の権利が認められるのは、あくまでも君主が思いやりをもって与えたありがた~~~~い権利であって、自由や平等が憲法に基づいて保障されているわけではなかったんですね。

 

また、経済活動も国家が管理し、国内産業が保護していました。

 

他の啓蒙専制君主としてはプロイセンのフリードリヒ2世、オーストリアのヨーゼフ2世ですね。

 

じゃあなぜ啓蒙思想を無理矢理、統治理論にしようと思ったのかというと、イギリス、フランスを先進国としてライバル心を燃やしていたからなんです。

 

 

彼らに対抗するには、国家の発展が不可欠です。そのためには産業や貿易の盛り上げ、軍事を強化しなければいけません。

 

またまたそのためには、君主が勉強して政策を図っていかなければいけない。

 

ということで、啓蒙思想を学び、「私は賢い、だから私が支配するべきや」という論理を使って、改革をしていったわけです。

 

君主が改革をして近代化をしていくという現象は「上からの改革」とも言われます。

プガチョフの農民反乱

 

それでロシアの方に話を戻しますと、啓蒙専制君主だったエカチェリーナ2世は近代化政策をじっししていきます。

 

しかし、ここで近代化しているにもかかわらず、絶対王政という体勢は捨てないという、どっちつかずな謎の状態が生まれます。

 

そこである男が、この絶対王政の状態や、重税、農奴制の強化に異議を唱えます。それがコサックだったプガチョフという人物です。

 

 

コサックというのは、ロシアの騎馬遊牧民で辺境警備隊もやっていた人達のことですね。

 

 

プガチョフの呼びかけで、各地のコサックが蜂起し他の民族や労働者も共鳴し、結果大反乱になりました。

 

政府軍とぶつかりますが、プガチョフは逮捕され反逆罪で処刑されます。

 

反乱を鎮圧したエカチェリーナ2世は農民の反乱が怖くなったため、農奴制を強化し、共和制を求めるような改革を潰しまくりました。農民はもはや奴隷のような状態になっていて、それはそれはひどい有様だったようです。

 

まとめ

 

いかがでしたか?

 

プガチョフの農民反乱を中心にピョートル1世~エカチェリーナ2世の間出来事についてまとめました。しっかり覚えて得点につなげていきましょう!

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それでは!

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