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[高校世界史]イタリア戦争って結局なに?分かりやすく解説!!

 

 

どうも!ケイトです!

 

イタリア戦争ってよく理解できていますか?結局イタリア戦争ってなんなの?って思いませんか?というわけで今回は、イタリア戦争を分かりやすく解説していきます!

 

 

イタリア戦争って結局なに?

 

イタリア戦争とは、フランス王家とハプスブルク家によるイタリアの取り合い戦争です。この戦争は60年くらいずっとやってました。

 

原因は?

 

当時イタリアは、小国に分裂していて、それぞれが経済的に繁栄しているような状態でした。フランスは神聖ローマ帝国とスペインに挟まれ大ピンチでした。

 

そのためにまずは力をつけなければならないということで、高い経済力を持つ北イタリアの支配を狙ったのです。

 

これが根本的な原因となっていきます。

勃発

 

両シチリア王国の片割れであるナポリ王国は、フランスの支配下にいました。しかし、フランスの王家が断絶してしまうと、次はスペインが支配しました。

 

そしてスペインの王家も断絶すると、フランスの王は、継承権が欲しくなりました。フランスはどうしたかというと、ローマ教皇に直接頼みにいったのです。

 

 

しかし、ローマ教皇は拒否ります。フランスは逆ギレして、イタリアへ侵入を開始します。

 

 

教皇はスペインと神聖ローマ帝国に助けを求めます。要はハプスブルク家ですね。

 

 

こうしてイタリアを舞台として、フランスとハプスブルク家の戦いという構図が出来上がるわけです。

 

激化

ハプスブルク家のスペイン王、カルロス1世が、神聖ローマ帝国の皇帝もやるよーということが決まった時、

 

フランスはめっちゃ焦りました。なぜなら、2つの強国に挟まれ、フランスの周りもハプスブルク家の領土ばかりだったからです。

 

フランスの王、フランスソワ1世は、なんとしてでも高い経済力を持つイタリアを支配下に収めよう、ハプスブルク家を倒そうと躍起になります。

 

 

こうして、イタリア戦争は激化、長期化していきます。

 

 

カトーカンブレジ条約

 

フランスもハプスブルク家もどちらも戦争を続けるためのお金がなくなってしまい、戦争を始めた人たちも死んじゃったり、引退したり。

 

 

イギリスが神聖ローマ帝国の要請でフランスに出兵したりしてきて、もうしっちゃかめっちゃか。てなわけでカトーカンブレジ条約という和議が結ばれました。

 

形式的にフランスとスペインの友好を示すために、フランスの王(アンリ2世)の娘をフェリペ2世の妻にすることが決まりました。

 

講和は結ばれたものの、フランスとハプスブルク家の対立は続きました。そして今後のヨーロッパの国際関係の重要な軸となっていきます。

 

まとめ

いかがでしたか?

 

イタリア戦争について解説しました!今後の勉強に役立てて下さいね!

 

それでは!

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