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シモンボリバルとサンマルティンの違いとは?ラテンアメリカの独立まとめ!

 

どうも!ケイトです。

 

この記事では、シモンボリバルとサンマルティンの違いを解説していきます!

 

シモンボリバルとサンマルティンの違いとは?

 

シモンボリバル

 

ラテンアメリカでは19世紀の前半、独立ラッシュが起こりました。

 

その原因としては、フランスのナポレオンが力を持ち、スペインを占領したからでした。

 

ラテンアメリカを支配していたのは、スペインでしたよね。ですので、フランスのお陰でスペインの支配力が弱まり、独立に踏み切れた訳です。

 

シモンボリバルはラテンアメリカの北部で活動した、クリオーリョです。クリオーリョとは植民地で生まれた白人ですね。

 

彼は独立運動を活発に行い、その結果彼の名を入れた、ボリビア共和国が独立しました。

 

他にも彼はコロンビア、ベネズエラ、エクアドル、ペルーの独立にも関わっていました。すごいですね。

 

サンマルティン

 

サンマルティンは、ラテンアメリカの南で活躍したスペイン軍人です。

 

彼はアルゼンチン、ペルー、チリを独立させました。

 

シモンボリバルが北の英雄なら、サンマルティンは南の英雄ですね。

 

そのほかの国

 

メキシコ

メキシコでは、イダルゴという人物が独立に貢献します。

 

ある日突然ルソーの思想に共鳴し、周りの人と一緒に活動を始め、インディオやメスティーソも仲間にして、独立宣言を出しました。

 

アメリカに逃亡しようとしたところを、スペイン植民地当局のチワワに見つかって、処刑されてしまいました。

 

しかし彼は活動を讃えられており、「メキシコ独立の父」とされています。

 

ブラジル

 

ブラジルは、ほかと違い、ポルトガルの支配を受けていましたね。

 

ポルトガルもフランスの影響を受けましたが、同じように独立はしませんでした。

 

どういうことかというと、ポルトガル王室は、フランスの侵略のため脅かされたため、王室をブラジルに移転することにしたのです。

 

なので、ブラジルではポルトガルの王子が帝位につき、「ブラジル帝国」として独立しました。

 

まとめ

 

いかがでしたか?ラテンアメリカについて解説しました。

 

こんがらがったら地図を見ながら、地道に覚えていきましょう!

 

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