日独伊三国防共協定と同盟の違いは何!なぜ結ばれた?わかりやすく解説!

 

どうも!ケイトです。

 

第二次世界大戦って同盟やらなにやら出てきてややこしいですよね。色々絡み合って把握しづらい!

ってことで今回は、日独伊三国同盟がなんなのか、そしてなぜ結ばれたのかを中心に解説していきます!

 

三国防共協定とは?

 

まず日独伊三国同盟の前身である三国防共協定の話からしなければなりません。

 

もともとこれは日本とナチス=ドイツの、コミンテルンに対する防衛を目的とした協定でした(日独防共協定)。コミンテルンというのは、レーニンが呼びかけた共産主義者の集まりでしたね。

【覚えられねえ!】コミンテルン、コミンフォルム、コメコン の違いとは?!

コミンテルンに対抗するとはどういうことかと言えば、スパイの防止、情報の保護をやっていくということでした。簡単に言ってしまえば、秘密を守るための協定だったんですね。日本とドイツの仮想敵はソ連であり、共産主義が最大の敵でした。

 

この協定によって、日本とドイツが手を組むと、日本とロシアの仲が一気に悪くなります。また、既にドイツとイタリアは、ベルリン=ローマ枢軸の関係にありました。つまり、協力関係にあったのです。

 

ロシアはこのドイツとイタリアのファシズム組に日本が入っていったことに腹を立てたわけですね。「おい、日本お前もか!もう、漁業の協定更新しないもんねっ!いいもん!ふん!

 

 

日本とドイツが協力関係になり(日独防共協定)そこに元々提携関係だったイタリアが合わさります。つまり、ムッソリーニ率いるイタリアが参入し、三国防共協定になるのです。また、同年、イタリアは国連を脱退しました。

 

そして、第一次世界大戦後のヴェルサイユ=ワシントン体制をぶっ壊しにいく三国と、それを防ごうとするアメリカ・イギリス・フランスとぶつかっていくわけです。

 

日独伊三国同盟

 

軍事同盟に発展!?

三国防共協定が発展したものが、日独伊三国同盟になります。この同盟は、反共産主義の防共協定ではなく、れっきとした軍事同盟です。軍事同盟になったのは、第二次世界大戦の最中でした。

 

なぜ、軍事同盟に発展したか。これは、独ソ不可侵条約が結ばれ、コミンテルンにわざわざ対抗しなくても平和が保たれる状態になり、防共協定が意味をなさなくなったためです。

 

また、日本とドイツの利害が一致したためというのもあります。

 

具体的に言えば、第二次世界大戦の勃発に対応してさらに結束を強くしたいというドイツ、中国進出後に深まったアメリカとの対立に備えたい日本という構図でした。。

 

そして、この2国にイタリアが加わり、軍事同盟となりました。

 

同盟の内容としては、お互い認め合おうぜ☆助け合おうぜ♡というものでした。

 

真面目に言えば、互いの秩序内での指導的地位などは干渉せずに尊重しよう、「交戦中じゃない他国」に攻撃されたら、3国で協力して戦おうというものした。

 

ちなみに仮想敵はアメリカです。「交戦中じゃない国」とはアメリカを指しており、に攻撃されたときは三国は協力するということが書かれています。

 

日本の思惑

 

利害が一致したという話をしましたね。日本の利益についてもう少し詳しく見ておきましょう。

 

日本には東南アジアに進出したい!という野望がありました。

 

これは、中国と戦争していて膠着状態に陥り、どうすればいいだろうと悩んだ結果、中国側が物資を調達しているそのルートを潰そうとう結論に至ったため。そのルートには、東南アジアが絡んでいました。

 

しかし、そうすれば必ずその地域に進出してきているアメリカや植民地を持つイギリスとぶつかってしまうという問題を抱えていました。

 

第二次世界大戦が始まると、ドイツがフランスを負かすという事態が起こります。

 

そこで、「連合国がひるんでる今がチャンス!今そのドイツと同盟を組めばその圧力でアメリカをビビらせることができる!」と考えました。

 

日本としては、ドイツやイタリアと軍事的に組むことで、東南アジアへの進出も実現しようとしたんですね。

 

アメリカは危機感を抱く

 

この三国同盟をみたアメリカ合衆国のフランクリン=ローズヴェルト大統領は危機感を強めていました。

 

第二次世界大戦が始まり、フランスがドイツに降伏し、イギリスが孤立。これは言うまでもなくピンチでした。

 

アメリカはずっと中立の立場でしたが、武器貸与法でイギリスやソ連。中国に武器や軍需品を送るなど、「反ファシズム」「反日独伊」の体勢を示していました。

 

これはもう連合国側で参戦しているといってもいいですね。ソ連に対しても武器貸与したのは、連合国側に就くことを暗に表明したと言えます。

 

また、フランクリン=ローズヴェルトとイギリス首相チャーチルは大西洋上で会談して大西洋憲章を発表します。これは、「民主主義をファシズムから守るために戦争するぞ!」という内容でした。完全に日独伊はアウェーです。

 

ただ、まだアメリカが武力を使っていなかったことで、戦争は互角でしたし、ドイツの軍事力は半端じゃありませんでした。

 

しかし、ここでとんでもないミスをする国があります。それが、日本です。日本は愚かにも、アメリカを奇襲します。真珠湾攻撃ですね。

 

これによって世界の重要大国であるアメリカが連合国側に正式につきます。連合国側はこの時点で勝利を確信したそうです。

 

ここからアメリカ対日本の太平洋戦争が始まっていくのですね。

 

まとめ

 

いかがでしたか?

日独伊三国同盟について詳しく解説しました。第二次世界大戦についてもしっかり勉強しましょう!

 

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それでは!

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