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蘇湖熟すれば天下たると湖広熟すれば天下たるの違いって!?

どうも!ケイトです!
世界史の用語ってわかりにくいやつ多いですよね。しかし、しっかり理解すればそんなに苦労しなくて済むんですよ。
ということで今回は、「蘇湖(そこ)熟すれば天下たる」と「湖広(ここう)熟すれば天下たる」の違いを解説していきます!

「蘇湖(そこ)熟すれば天下たる」と「湖広(ここう)熟すれば天下たる」の違い

「蘇湖(そこ)熟すれば天下たる」→宋、長江下流域
「湖広(ここう)熟すれば天下たる」→明、長江中流域
それでは見ていきましょう!

蘇湖熟すれば天下足る

 

この言葉は、「江浙(こうせつ)熟すれば天下足る」とも言われます。その理由も一緒に解説しますね。

 

時は宋の時代です。宋の勉強はしっかりしてくれましたか?

苦手な人必見!北宋時代を分かりやすく解説!!

 

 

ベトナムから占城稲が伝わりましたよね。この稲は虫や日光に強く痩せている土地でもしっかり育ってくれる、農家の味方って感じの稲です。

 

中国の人達も「この稲すげ~~~~~~!」ってなって、どんどん育てるのです。その結果、稲作が発展します。

 

特に発展した場所が、長江下流域でした。

 

そこが、江蘇浙江の略で江浙と呼ばれたんですね。だから「江浙熟すれば天下足る」と言われます。

 

また、蘇州と湖州の地域でもあるので、「蘇湖熟すれば天下足る」という呼び方があるんですね。

 

同じ意味の言葉をふたつも作るなって思うのですが、宋の稲作の発展を表す言葉はこういう成り立ちがあったんだなーと理解しておいて下さいね!

 

「湖広熟すれば天下足る」

 

時は明や清の時代です。

明の時代、中国の産業事情が大きく変わります。このころヨーロッパは大航海時代。アメリカ大陸でじゃんじゃん採掘された銀が中国に流れ込んでくるのです。

 

さらに商品を売って儲かりたいと思った中国は、「産業を発展させるぞ~!」と燃えるのです。

 

ということで、「綿織物と絹織物を作ろう!」となり、家内制手工業が盛んになり、

 

「原料がねえ! 」となって、綿花の栽培や養蚕が活発に。

 

さらにさらに養蚕をするのに必要な桑の栽培まで活発になりました。

 

長江下流域の江浙地域では、それまで稲作が中心だったのに、綿花や桑の栽培が盛んになっていきました。

 

そのため、場所をとられた稲作さんは長江下流域から長江中流域湖広に移っていきます。

湖広というのは、湖北省と湖南省を合わせた名前のことです。 テーブルと椅子を合わせて「家具」みたいな感じですね。

 

「蘇湖(そこ)熟すれば天下たる」と「湖広(ここう)熟すれば天下たる」の違い

「蘇湖(そこ)熟すれば天下たる」→宋、長江下流域
「湖広(ここう)熟すれば天下たる」→明、長江中流域
もうばっちりですね。

まとめ

いかがでしたか?違いを中心に解説しました。
どうしても、「そこ」と「こうせつ」と「ここう」が分からなくなったら、「そう、そこ降雪」、「明さん、こここう」という風に、語呂合わせかこじつけで覚えてみましょうね。
今回も読んでいただきありがとうございました!それでは!

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