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アヴァール人とマジャール人の違いと覚え方!

 

どうも!ケイトです。

世界史には、やっやこしい用語が山ほど出てきますが、アヴァール人とマジャール人の違い、説明できますか?

 

なんでこんなにこんがらがる用語をつくったのか謎ですが、ひとつずつ理解して、今のうちに区別してしまいましょう。

 

アヴァール人とマジャール人の違い

 

この2つがややこしいのは、登場時期がほぼ同年代であり、どちらも大国のトップに追い払われ、しまお字面が似ているからです。

 

では、それぞれ特徴を見ていきましょう。

アヴァール人

アヴァール人はモンゴル系、つまりアジア系の民族です。世界史の教科書に登場するのは、カール大帝の頃です。8世紀頃ですね。

 

アヴァール人はそれより前から帝国をつくり、ビザンツ帝国やフランク王国を脅かしていました。

 

そこでカール大帝は、ランゴバルド王国やザクセン人を征服したり、イスラーム勢力を撃退する中で、フランク王国の東方にいたアヴァール人達を撃退するのです。これが796年の出来事です。

 

アヴァール人はその後、勢いを失い、この後出てくるマジャール人に同化していきます。フランク王国では、その後なにが起こったかお分かりですね。

 

キリスト教会を支えてくれる強国として、西ローマ帝国の復活として、教皇(レオ3世)がカールに戴冠したのでした。

 

この辺の歴史は大変重要なので、復習お願いします。

 

詳しくはこちらから↓

【フランク王国攻略】メロヴィング朝とカロリング朝の違いを解説!

 

マジャール人

 

マジャール人は、ウラル語族であり、今のハンガリーを構成している人達です。白人をイメージしてもらえればいいかなと。今のハンガリーも、「私達はマジャールです」と言うみたいです。

 

 

 

さて、マジャール人はアヴァール人がカール大帝に撃退された後に、ハンガリーに入ってきます。

 

 

10世紀頃、マジャール人は、東フランクに侵攻します。(フランク王国は、カールの死後3つに分裂したんですよね)

 

長いこと東フランクを脅かすわけですが、東フランク側でも次第にその騎馬戦法に慣れてきて、態勢を立て直しザクセン家の王であるオットー1世は、マジャール人を見事に打ち負かします。

 

この、オットー1世とマジャール人の戦いを、レヒフェルトの戦いと言いましたよね。955年の出来事でした。

 

マジャール人はその後ハンガリーに戻り、11世紀にハンガリー王国を成立させました。ちなみに、宗教はローマ=カトリックです。

 

東フランクの方もその後なにが起こったかお分かりですか?そうですね。

 

マジャール人を倒したり、スラヴ人の侵入を防いだりしたことが、ローマ教皇の目にとまり、962年にローマ皇帝位が与えられたのでした。

 

ここから東フランクは、神聖ローマ帝国としてヨーロッパ世界の重要国となっていきます。

 

【完全攻略】神聖ローマ帝国を成立から滅亡まで丁寧に簡単に分かりやすく

覚え方

違いが分かったところで、覚え方です。

アヴァール人、アジア系、カール大帝ということで、すべて「ア」母音から始まる、

マジャール人、ハンガリー、オットー1世ということで、「夫は麻雀」という語呂合わせで覚えてしまいましょう。

 

夫は麻雀

オットー1世(夫)

ハンガリー(は)

マジャール人(麻雀)

 

まとめ

 

いかがでしたか?アヴァール人とマジャール人の違いと覚え方でした。やっぱりややこしいですが、特徴を押さえて一気に覚えてしまいましょう。

 

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