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【1分で理解!】七年戦争をわかりやすく!覚え方も!

 

どうも!ケイトです!

今回はですね、七年戦争に関して分かりやすく解説していきます!

七年戦争とは?

 

七年戦争

七年戦争とは、1756年に起こった、オーストリアとプロイセンの戦争です。

 

オーストリアとフランスの和解が起こったり、シュレジエンの行方がどうなるか分からなかったり、見所の多い戦争となっています。

 

覚え方

 

いーなゴロウ、お~、プロ7年

1756(いーなゴロウ)

オーストリア(お~)

プロイセン(プロ)

七年戦争(7年)

 

プロ7年目のゴロウをうらやむライバルの語呂合わせでした。

 

 

 

外交革命

 

オーストリア継承戦争は覚えていますか?

 

簡単に紹介しておくと、

 

オーストリア対プロイセンの戦いで、他の国も絡んできて、最終的にプロイセンが勝ち、シュレジエンという資源の豊富な地域を奪取したのでした。

オーストリア継承戦争を分かりやすく!

シュレジエンを取り返さんとするオーストリアのマリアテレジアは、驚くべき行動に出ます。

 

フランスとハプスブルク家の仲が超悪かったのは有名ですね。

 

マリアもハプスブルク家の生まれでしたので、自動的にオーストリアとフランスは仲が悪かった訳でした。

 

ただ、プロイセンを倒すために同盟する国は強い方が良い。ヨーロッパの国の中で断然強かったのがフランスだったのです。

 

マリアは部下を使って、フランスの国政に大きな影響を与えている女性に接触を図ります。

 

粘り強い交渉の末に、両者は利害が一致し、手を結ぶこととなりました。

 

この出来事は外交革命と呼ばれます。

 

ヨーロッパ中の人たちがびっくりしたそうです。今なら、アメリカと中国が和解する感じでしょうか。

 

マリアの娘であるマリーアントワネットはフランスに嫁ぐことが決定しました。ついでに、ロシアとも手を結びます。女帝が、プロイセンが嫌いだったからです。

 

こうして強い女性を中心に、オーストリアは順調に仲間を増やしていきます。

 

 

七年戦争

この戦争はなんとプロイセンからふっかけていきます。プロイセンはイギリスを味方につけていました。

 

ただ、イギリスはフランスとの植民地の取り合いで忙しかったので、ほとんど参加しませんでした。

 

7年の激闘の末、勝利したのは、、、、、

 

 

プロイセンでした。え〜〜〜〜、マジかって感じですね。この流れだったらオーストリアでしょ。

 

プロイセンはシュレジエンを確保して、強国として君臨するようになりました。

 

覚え方

 

いーなゴロウ、お~、プロ7年

1756(いーなゴロウ)

オーストリア(お~)

プロイセン(プロ)

七年戦争(7年)

 

 

まとめ

 

いかがでしたか?

七年戦争を分かりやすく解説しました。教科書には載ってないけど、結構ドラマがあって面白いですね。

 

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それでは!

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