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【5分】ベトナム戦争を1から分かりやすく!

 

どうも!ケイトです。

 

近現代史ってめっちゃおさえにくいですよね。でも、1つずつ丁寧勉強していくことで、マスターできるんです。

 

今回はベトナム戦争について1から解説していきます!

 

ベトナム戦争とは?

ベトナム戦争とは、1965年~1976年にかけて起こったアメリカvsベトナムの戦争です。原因としては、ベトナムの共産化を防ごうとアメリカが躍起になったことでした。

 

ベトナム戦争の原因とは?

ベトナム戦争の原因を詳しく見ていきましょう。

 

インドシナ戦争

ベトナムは独立前、フランスに支配される「フランス領インドシナ」という場所でした。

 

フランスの支配に対抗するために、戦争中にホーチミンという人物がリーダーシップをとって、ベトナム青年革命同志会、それを元にベトナム共産党をつくります。

 

ホーチミンは料理人で、アメリカやフランスに飛んで料理をしているうちに、共産主義のファンになったそうです。

 

さて、WWⅡ中に日本軍が東南アジアに侵略してきて、この地域も支配対象となります。フランスはドイツに負けて、実質降伏していたので、フランスの影響力は弱まっていました。

 

日本の占領下で、ホーチミンは「ベトミン」を作ります。あとでてくる「ベトコン」と区別して下さいね。

 

「ベトミン」はベトナム独立同盟会のことです。もちろん共産主義であり、終戦後は晴れてベトナム民主共和国として独立しました。

 

しかしこれが気にくわない人達がいます。

 

そう、フランスですね。

 

フランスは、「そうはさせないぞ!」と言って、バオダイという人物を王に勝手にベトナム国を南側につくってしまいます。

 

そしてそのまま、戦争を勃発させてしまいます。これは「ベトナム戦争」ではなく、「インドシナ戦争」です。

 

「まあ、フランスが勝つんかな、、、」と思いきや。ディエンビエンフーの戦いでベトナムが圧勝し、ヘトヘトになったフランスはジュネーヴ休戦協定を結び、戦争が一旦終わるのです。

 

北緯17度線が境界となり、2年後に統一選挙をする約束をすることになります。

 

 

アメリカが邪魔してくる

 

しかしまたまた、ここで気にくわない人達がいます。

 

アメリカです。

 

彼らは、ジュネーヴ休戦協定の会議になぜか出席していましたが、「共産主義なんぞ、わしゃ許さんぞ!」(頑固なおじいちゃん風)と言って休戦協定の調印を拒否してしまうのです。

 

そして、共産主義はクソだよな同盟である、東南アジア条約機構、別名SEATO(シアト-)をイギリスやオーストリア、タイ、パキスタンなどと組み、徹底的に共産主義をつぶそうとします。

 

さらに、ゴ=ディン=エムという人物をリーダーに立てて、ベトナム共和国を南側に勝手につくります。

 

アメリカがここまで躍起になるのは、ソ連と冷戦中だったからですね。どうしてでも資本主義の仲間を増やし、ソ連の力が強まらないように共産主義をつぶす必要があったのです。

 

冷戦についてはこちらの記事でも解説しています。

【3分】ベルリン封鎖って何?世界一分かりやすく解説!

 

戦争勃発!

ベトコン

 

アメリカがバックにいる南ベトナムでは、ゴ=ディン=エムが独裁政治を行い、国民を圧迫していました。

 

これにうんざりだった南ベトナムの人達は「自由になろう!」と決意します。

 

そこでできたのが、南ベトナム解放民族戦線、別名ベトコンでした。

 

ベトコンは、北のベトナム、つまり共産主義の本物のベトナムの人達と協力して、ゲリラ戦を開始します。ゲリラ戦法とは、奇襲で相手の不意をついて攻撃する戦法ですね。

 

これに対してアメリカのケネディも軍事行動に出ます。ゴ=ディン=エム政権が軍のクーデターで倒されると、ますます戦いが激しくなりました。

 

1965年、アメリカ合衆国のジョンソン大統領が北ベトナムを爆撃(北爆)し、戦況はますます悪化していきました。

 

一般的にこの北爆のタイミングから「ベトナム戦争」が始まったとされています。

国内外から大批判

ベトナムは、ソ連、中国の支援を受け、爆撃に備えてジャングルに隠れたことでアメリカを攪乱し持ちこたえることができました。

 

当時テレビが普及してきた時代。アメリカがベトナムにナパーム弾、高速ヘリで枯葉剤を投下し、平気で人殺ししている映像がお茶の間に流れました。

 

アメリカは国内からも国外からも非人道的だと大批判を食らいました。

 

そのためアメリカは爆フェ期を辞め、北ベトナムとしかたなしに和平交渉をすることになりました。

 

ベトナム社会主義共和国

 

アメリカのニクソン大統領は、ベトナム和平協定を結び、南ベトナムの人達に戦争を任せて、アメリカ軍を撤退させます。(ニクソン大統領はウォーターゲート事件での不祥事ですぐ辞任しました。)

 

北ベトナムとベトコンは、サイゴンという場所を占領し、彼らは晴れて「ベトナム社会主義共和国」を成立させることができたのです。

 

まとめ

 

いかがでしたか?

 

アメリカとフランスが勝手なことをしたおかげで、ベトナムが大変なことになりましたね。しっかり復習して流れをおさえていきましょう。

 

それではまた!

 

 

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